★2/15:雑記更新 ・「嘘つき聖女候補~」と「座学の女王さま~」をメインに更新中。

とかくこの世はいきづらい2

各話表紙:羽娘

(それでも、わたしが生き続けているのはお母さんがいるからだ。当たり前だといえばそうかもしれないけれど、わたしに翼がなくても愛情をたくさんくれる。それがどんなに嬉しいことか――)

「おはよう、お母さん。足の具合はどう?」

 身支度をすませたリーティアは、朝食を作るとトレイに載せ、ベッドに身を起こしている母親のもとへ運んできた。

 母親はまだ寝巻きのままだ。

「足以外は絶好調よー! いつもありがとうね、リーティア。今日も私の娘は可愛らしいわ」

 リーティアの母は朗らかな性格で、娘にたくさんの愛情を注いでいた。

 翼の有無など彼女にはまったく問題ではなかった。

 それが、あろうとなかろうと彼女にとっては、愛すべき大事な娘だ。

 それなのに、娘は必要以上に萎縮してしまっていることが、母親の唯一の心配事である。

 リーティアと同じ銀髪は肩の辺りまであり、青灰色の目はくりっとしている。

 人好きのするチャーミングな顔立ちで、母親というよりは友達がしっくりくるような人だ。

 体つきもスリムで年を感じさせない若々しい母親だ。

 その背中に生えているのは純白の翼である。

「もっとこっちへ来てちょうだい」

 朝食をベッド横のサイドテーブルに置くと、母親は娘に向かって両手を広げる。

 これは彼女の毎朝の日課である。

「毎朝よくやるよね……」

 呆れつつも、リーティアは嬉しそうにその胸に抱かれる。

 幼い頃から周囲に虐げられてきた彼女が、やさぐれなかったのは、ひとえに母親の深い愛情によるものだ。

「リーティア、あなた、また少し大きくなったわね。もう少ししたら、お母さんを追いこしちゃうかしらね?」

「追いこしたら、わたしの勝ち?」
「うふふ、なあにそれ。お母さんの勝ちじゃない? 子育て上手ということで!」
「むっ、たしかに……」

 そこでお互いくすくすと笑いあう。仲睦まじい親子である。

「それじゃ、お仕事探しにいってくるね」

 リーティアが微笑んで部屋のドアを閉めると、後ろから「いってらっしゃい」と元気な声がかかった。

 

 リーティアは薄い素材で出来た上着を羽織って外に出た。

 上着のフードを目が隠れるくらい目深にかぶる。

 道なりに歩いていると、ひそひそ囁く声や不快な視線がリーティアに襲い掛かってくる。

 彼女が外出するといつもこうだ。

 慣れているとはいえ、正直辛いものがある。

「……」

 幾つになってもリーティアにとって外は慣れないものだ。人の目が、怖い。

 皆がリーティアに向けるのは、白い目や、小馬鹿にした目、軽蔑の目、見下した目――そんな不快さを隠すことなく、華奢な体に突き刺すような視線だ。

 背中に翼を持たないリーティアとすれ違うとき大げさに避けたりするのも、ばい菌扱いされている気分で心が抉られるようだ。

(翼があることが、そんなに偉いの? なんだかもう世界そのものから、存在を否定されてる気分だよ……)

 先程までの笑顔は消えうせ、リーティアは葬儀の参列者のように重い足取りで歩いていく。

 ――こつん。

 その華奢な背中になにか、当たった。

 こつん。こつん。

 なんだろうと振り向けば、小さな子供がリーティアに向かって小石を投げていたのだ。

「羽なしねーちゃん、おまえなんか、どっかいけー! できそこなーい! ざいにんー! しんじゃえー!」

「――ッ!」

 いつも彼女が歩いていると、こうやって小石を投げてくるのが、この男の子の癖だった。

 隣に立つ母親は子供を叱るどころか注意さえしない。

 羽なしには全うな人権さえない、とでも言っているかのようだ。

 小さい子供は感情表現が真っ直ぐすぎて、ときに大人に言われるよりも深く心を傷つけられる。

 リーティアは泣きそうになるのを堪えながら、そこから逃げるように走り出す。

 目指す先は、今日、面接を受ける予定になっている宿屋だ。

 皿洗いと雑用という募集内容で、これならあまり人前にでず自分にも出来そうだと彼女が選んだものだ。

 宿屋に着く頃には息が上がっていた。

 数回、深呼吸して呼吸を整える。

 これから受ける面接の緊張を落ち着けるためだ。

 しかし、心臓がどきどきして、なかなか収まらない。

「す~は~……す~は~」

 声に出して呼吸を意識すること数十回、ようやく気持ちが落ちついた。

 リーティアは覚悟をきめて宿屋のカウンターに足を運ぶ。

「あのっ、ここここんにちは。今日十時からこちらで、面接をさせていただくことになっている者ですが、担当の方はいらっしゃいますか?」

 リーティアが勇気をふりしぼり話しかけると、カウンターに立つガタイのいい中年男性が、彼女を一瞥し言い捨てる。

「ああ、悪いね。皿洗いの仕事なら、ついさっき決まったよ。他を当たってくれ」

 その言葉は、明らかにリーティアの背中を確認してから出た言葉だった。

「そんな!」

 思わず声を上げてしまう。すると男が冷たい目で見下してきた。

 リーティアは愕然とする。

(またこの目だ。明らかな侮蔑を含んだ冷たい目……。わたし自身はなにも疚しいことなどないのに、翼がないというだけで向けられる視線の刃だ)