温室4

各話表紙 偽りの公爵令嬢は~

(そこまでして、わたしを助けに来てくれたんだ……王さまともあろうおかたが、よそ者で新参者のわたしを……)

 カーティスの心遣いにティナーシェの胸が切なく疼き、じんわりと温かくなった。

 それと同時に、仕えるのならカーティスのような主の元で働きたいとティナーシェは思う。

 器が大きく懐の深さを感じさせるこの若き王なら、決して理不尽に他人を殺せなどと物騒な命令はしないだろう。

 ティナーシェは彼に仕える者たちを羨ましいと思った。

 それから、ティナーシェもカーティスの後を追う。

 大した礼にもならないが、水撒きを手伝おうと思ったのだ。

「カーティスさま、わたしもお手伝いします」

 水汲み場で如雨露に水を入れ終えたカーティスの後ろに立ち、ティナーシェは加勢を申し出た。

「それは助かるな。じゃあ、こっちの霧吹きで小さい鉢植えの奴に水分補給してくれるか?」

 カーティスは水汲み場のすぐ近くに置いてある霧吹きをティナーシェに手渡す。

「はい!」

 ティナーシェは笑顔で霧吹きを受け取る。

 なにかと助けられてばかりのカーティスに、やっと恩返しができる気がしたからだった。

 すっかり上機嫌で温室に戻り、ティナーシェは小さな鉢植えに霧吹きで水を吹きかけはじめる。

 水分を浴びた青みがかった緑の葉が潤うさまは、まるで彼らが喜んでいるように見える。

 暫く水をあげ続けていたティナーシェだったが、ふと自分の本来の目的を忘れていたことに気づく。

(そうだ……わたし、王さまを暗殺するために仲を深めないといけなかったわ。幸い今は二人きりだし絶好のチャンス……なんだけど……)

 一通り霧吹き作業を終えたティナーシェは、水撒きをしているカーティスを見つめる。

 ただ、植物に水を遣っているだけなのに、カーティスは自信と気品があふれていて絵になる。

(どうやって王さまと親密になればいいんだろう……わたしなんかが色仕掛けをしてもきっと通用しない)

 ティナーシェが思い悩む間にも水撒きは捗り、カーティスはもうティナーシェの隣までやってきていた。

「どうした、ティナーシェ」
「え?」

 不意に名前を呼ばれ、すぐ傍にカーティスがいることに今更気づく。

「ずっと私を見ていただろう?」

 その言葉にティナーシェの心臓が大きく跳ねた。

 すぐに顔が赤くなる。

 カーティスに聞かれるまで、自分がずっと彼を見つめていることに、まったく気づかなかったのだ。

「も、申し訳ございませんっ! 不躾でした」
「謝る必要はない。私がイイ男だから見惚れたんだろう?」

 冗談交じりにカーティスが言った。

「は、はい! カーティスさまが素敵なので見惚れてしまいました!」

 明らかにカーティスは冗談めかして言ったというのにティナーシェはとっさにそう答えてしまった。
 怪しまれるよりはマシだと思ったからだ。

「そこは笑って流すところだろう?」
「えっ、そうなんですか?」

 答えを間違ったことにティナーシェは大いに焦る。

 ほかにどうしたらいいのだろうかと、オロオロしているとカーティスにポンポンと頭を撫でられた。

「君は変わっている。私のことが好きというわけでもないのに、見つめているかと思えば、あるときは泣きそうな顔をしている……その原因は弟のことだけではないのだろう?」

「そ、それは……」

 あとに続く言葉などもちろん出てこない。

 ティナーシェは居心地が悪く、この場を立ち去りたいと思った。

「うら若き乙女が人には言えない秘密を抱えている。しかもそれは私にとっても無関係というわけではなさそうだ。そんな状態の君を私は放ってはおけない」

「…………」

 ティナーシェは無意識に首を横に振る。

(できることなら全部話して楽になりたい。だけどそれは姫さまを裏切る行為だわ……そんなことをしたらラーダは確実に殺されてしまう)

 もうどうにもならないのだという絶望感と、未だになんとかしたいもどかしさにティナーシェの瞳が涙でにじむ。

「どんな事情があるか知らないが、私なら君の力になれると思う。なにしろ一国の主だからな。その気になったらいつでも打ち明けてほしい」

「……っ……!」

 八方塞がりのティナーシェにとってなんと頼もしい言葉であろうか。

 自害さえ許されない彼女にとって、これほど魅力的な提案はない。

(王さまに頼れたらどんなにいいだろう。だけど、わたしの目的はあなたを殺すことだから、だから――)

 必死に気持ちを抑え込む。

 しかし、ティナーシェのペールグリーンの瞳から次から次へと涙がこぼれ落ちる。

 それはまるで声にならない叫びのようだ。

 誰かにこの状況をどうにかしてほしい。

 助けてほしい。

 だが、それは許されないのだ。

 無言で涙を流すティナーシェを目の前にして、カーティスは哀れみの表情を浮かべる。

「可哀想に……」

 カーティスが濡れた頬をハンカチで拭いてくれるが、ティナーシェの涙は止まらない。

 見ているほうが痛々しいくらいだ。

 自分の後頭部にカーティスの大きな手が回されたかと思うと、そのまま胸元に引き寄せられ、彼の胸に顔を埋める形になった。

 以前、夜の庭で泣いたことをティナーシェは思い出す。

 あの晩もカーティスはこうやって自分が泣き止むまで胸を貸してくれた。

(ああ……なにやってるんだろう、わたし。殺さなきゃならない相手の胸でまた泣くなんて……)

 早く泣き止んでカーティスから離れなくてはと思うのに、あまりにもここは居心地がいいのだ。

 大樹に守られているような気分になる。

 雷にも大雨にも暴風にもびくともしないもので、しっかりと守られているような感覚だ。

 枝で羽を休める小鳥のように、ずっと留まっていたいと思わされる。

 だがそれは許されないことだ。

 なんとか泣き止むと、ティナーシェは「もう大丈夫ですから」と告げ、カーティスからそっと体を離した。

「さて、どうするかな」

 温室から出てお互い私室に戻ろうとした、その別れ際にカーティスが呟く。

 それが聞こえたティナーシェは思わず聞き返す。

「どうかなさったんですか?」
「いや、独り言だ。私は少し用事ができた。また夕食で会おう」

 爽やかな笑みを浮かべ、カーティスはさっさと行ってしまった。

 訳がわからないティナーシェは、その後姿を眺めながら首を傾げたのだった。

 

4+
↑読了ついでにポチッと(*´ω`*)桜猫にちゅ~るが贈られます。
↑読了ついでにポチッと(*´ω`*)桜猫にちゅ~るが贈られます。
偽りの公爵令嬢は~
~桜猫*日和~