庭での出来事4

各話表紙 偽りの公爵令嬢は~

 完璧な王に見えるカーティスが、大臣の注意を無視して木登りしていることに親近感を覚え、ティナーシェはくすりと笑う。

「今、笑ったな?」
「あ、申し訳ありません」

 しまったとティナーシェは両手で口を覆った。

「いや、いい。見るたびに泣きそうな顔してるよりはな」

 カーティスの一言にティナーシェの鼓動がどくんと跳ねた。

「わたし、そんな顔していましたか?」
「ああ、はじめからずっとな」
「うそ、です……できるだけ笑顔でいるように心がけていますし」

「そうだな。人前ではよく笑えてたな。これでも一国の王だ。人を見る目はある。そして、私から見た君は今にも泣き出しそうで、心になにか重荷を背負っている……そんな人間の目をしている」

 カーティスが自分に向ける眼差しが慈愛に満ちているのがわかり、ティナーシェは思わず彼に縋りたい衝動に駆られた。

 しかしそれはしてはならないことだ。

(殺さなくてはならない相手に頼りたいなんて……わたし、なにをばかなこと考えてるんだろう)
「そんなことありません……ただ、実家に置いてきた弟が心配なだけです」

「弟がいるのか」
「はい。まだ八歳になったばかりで、体が弱いのでとても心配です」

 話しながらティナーシェは故郷の弟に思いを馳せた。

 誰よりも大切なたった一人の小さな家族なのだ。

 ミアが世話をしてくれているとはいえ、不安がなくなるわけではない。

 一刻も早く用事を済ませてラーダの元へ駆けつけたいと思うのは仕方のないことだ。

 もっとも、その用事というのが王の暗殺というとんでもないことなのだが。

(だけど……暗殺に成功して、ラーダの元へ戻れたとしてわたしは姉だと名乗っていいの? 弟の命と引き換えに他国の王を殺してしまうような、そんな人間が姉だと知ったら……。だけど命令に逆らえば王女にラーダを殺されてしまう――)

 ティナーシェが尽きることのない思考の渦に入り込もうとしたところで、なにかが額に触れた。

 ぺちぺちと自分の額を叩くそれは、いくつかの童話を集めた童話集だ。

 そしてその童話集でぺちぺちと額を叩いていたのが、隣りにいるカーティスだった。

「やっと現実に戻ってきたか。王である私を目の前に余裕だな?」
「あっ、も、申し訳ありませんっ」

 慌てて謝罪すると、困ったようにカーティスは笑った。

「冗談だ。急に君が黙り込んだから、どうしたのかと思ってな。どうやら君にとって弟はとてつもなく大きい存在らしい」

「本当に申し訳ありません。陛下を無視する形になってしまいました……」
「君にこれを貸そう」

 カーティスに手を取られたかと思うと、手のひらに彼が持っていた童話集をそっと置かれた。

「あ、の……?」
「辛くなったらこれを読むといい。そのことばかりに気を取られていては消耗する」
「……はい」

 手のひらに置かれた童話集を見つめつつ、ティナーシェは耳に入るカーティスの声に自分でもわからない安心感を感じていた。

 そして偽りとはいえ、ただの公爵令嬢の一人に過ぎない自分に、ここまでしてくれるのはなぜだろうとティナーシェは疑問を持った。

「貸すだけだからな、きちんと返すんだぞ」
「はい。……でも意外です。陛下が童話集をお読みになるなんて」

 ティナーシェが不思議そうに見上げると、カーティスは茶目っ気たっぷりにこう言った。

「いい年して、おとぎ話が好きなんだ。なぜかというとな……大体キスで解決する。そして結末はハッピーエンドだ」

「まあ……」

 それから朝の庭に楽しげな笑い声が響いた。


 自室に戻ってからティナーシェは、ふと気づいた。

 これまで自分のことを『そなた』と読んでいた王が『君』と口にしていたことに。

「あ……肩の力を抜くって、そういうこと?」

 いつでもどこでも完璧に王として振る舞っていては、さすがに疲れてしまう。

 だからカーティスは公の場でないときは、少し砕けているのだ。

 きっと彼にはティナーシェが頑張りすぎて息苦しく見え、不憫だと思ったのだろう。

 手にした童話集を見つめ、ティナーシェは心が温かくなるのを感じたのだった。

 

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偽りの公爵令嬢は~
~桜猫*日和~