やがて昼前になり、ティナーシェとカーティス、ヴァイスの三人は城内を散策しはじめた。
あえて警備を薄くしておいたので、侵入済みの刺客を誘い出すためだ。
人気の少ない場所を選んで歩き回ることにしたのである。
ティナーシェも同行するのには訳がある。
刺客の狙いがカーティスの命だけであればまだいいが、証拠隠滅とばかりティナーシェの命も狙われる恐れがあるからだ。
そのとき二人が離れていれば助けに走る間に、命を落としてしまうかもしれない。
剣技に長けたカーティスには自分を守る術があるが、ティナーシェにはない。
ただの十八歳の非力な少女なのだ。
また、幾度となく修羅場をくぐってきたカーティスには、ティナーシェを守り切る自信があった。
実際どのみち襲われる可能性があるなら、そこそこ実力のある騎士を護衛につけるよりカーティス自身が対処するほうが遥かに安全といえた。
それは、騎士たちと手合わせをするカーティスを見ていたティナーシェも納得している。
「まずは北門の城壁沿いをうろついてみるか」
カーティスの一言で最初の行き先が決まった。
北門の近くには森に繋がる遊歩道がある。
ザールワース城は広大な敷地の中に建っており、その中にはいくつも森や丘がある。
その中でも北門は後ろに山があり、山越えをしてくる者たちがほとんどいないため人の往来も少ない。
確かに暗殺向きの場所といえる。
遊歩道は森の小道のようになっていて、回りを背の高い木々で覆われている。
木々の合間を塗って帯状に差し込む光が心地よい。
「ここってお城の敷地内ですけど、野生の鹿とかいるんですか?」
「城壁の外にならたまに見かける。城壁から向こう側はいい狩場だ」
ティナーシェは狩場のほうに視線を向ける。
狩場と言うだけあって、やはり森しか見えない。
わずかの間ではあるが、よそ見をして歩いていたせいでドレスの裾を踏みつけてしまう。
「きゃっ」
躓いて転びそうになったが、慣れた様子でカーティスが支えてくれた。
「こんな平坦な道で躓くとはな、手を引いてやろうか?」
カーティスが手を差し出そうとしたが、ティナーシェは即座に辞退した。
「い、いえっ。滅相もございません! しがない侍女のわたしが、恐れ多いことです」
ティナーシェはカーティスからサッと離れると、結構ですと胸の前で両手を振った。
「そうか」
なぜだろう。心なしかカーティスがつまらなそうに見えるのは。
そう思っていると、後ろからこっそりとヴァイスがささやいた。
「ティナーシェさま。おそらく陛下はあなたと手を繋ぎたかったんだと思います」
驚いて後ろを振り向くとヴァイスがうんうんと頷く。
「次は繋いであげてください。あなたが嫌でなければ」
「わかりました」
ティナーシェが喜んで、しかしカーティスに聞こえないように小声で返事をすると、
「二人でなにをコソコソ話してるんだ?」
と聞かれてしまった。
しかし微塵も動じずヴァイスがなんでもないと笑顔で返した。
しばらく歩き続けていると正午を知らせる鐘が鳴り、三人は昼食にすることにした。
食べ終えると、次は東門の方を徘徊することになった。
東門の方はいくつかの庭園と、それに面する大きな川が流れている。
景色は抜群で広い庭園は、城の解放日になると多くの人で賑わう。
常に解放しているわけではなく、特別なときだけだ。
川に一番近い庭園をのんびりと散策していると、不意にカーティスが立ち止まった。
「ティナーシェ、私の傍を離れるなよ」
カーティスが言い終わるとほぼ同時に、斜め前方でなにかが光ったかと思うとナイフが飛んできた。
だがそれは同質の金属に弾かれて地面に落ちる。
すでに腰から剣を抜いたカーティスが叩き落としたのだ。
カーティスが応戦する間にヴァイスが指笛を鳴らす。
応援の騎士たちを呼ぶためだ。
前もって精鋭数名に話をつけておいたのだ。
ついさっきまで穏やかだった庭園に緊張が走る。
なんだかよくわからないが、この場の空気がひどく張りつめているのが、ティナーシェにも感じられた。
黒装束の男が三人カーティスの前に立ちはだかる。
男たちは曲刀を手に、標的であるカーティスだけを狙っている。