ティナーシェは恥ずかしくてたまらないが、自分ひとりでは背中をうまく拭くことはできない。
だから、カーティスの言うとおりにすることにした。
夜着のボタンを外し、上着を脱いだ。
包帯を替えるときに邪魔になるので、胸を覆う下着はつけていない。
ティナーシェは背中が拭きやすいように、長い髪を前に寄せた。
カーティスの目の前に、ティナーシェの背中が晒された。
右肩に矢を受けたとはいえ、ティナーシェの肌はとても瑞々しい。
胴から腰にかけて女性らしいなだらかな曲線を描く。
だが、肩も腰も細く、カーティスが本気を出せば簡単に折れてしまうだろう。
タオルを絞ると、カーティスはそっと肌を撫でるようにティナーシェの背中を拭いていく。
「こんなに、華奢な体で私を助けてくれたんだな……」
背中を拭き終えると、カーティスはそっと手のひらをティナーシェの背中に置いた。
切れ長の理知的な瞳が切なげに細められる。
ティナーシェに傷を追わせた罪悪感か、それとも守り通せなかった自責の念からだろうか。
「もう、二度とあんな真似はするな……心臓がいくつあっても足りない」
その声は普段のカーティスとは別人ではないかと思うほど、頼りなく弱々しかった。
「カーティスさま、あまり自分を責めないでください。わたしはこうして生きていますし、カーティスさまのせいでもありません」
(本来なら死刑になってもおかしくないわたしを、カーティスさまは生かしてくれた。わたしはその恩を返しただけ。ラーダの仇を打つまでは、この命はカーティスさまのために……)
わずかに身を乗り出したカーティスの重みで、ベッドが小さく軋む。
「この傷は本来私が受けるはずだった……私の傷も同然だ」
その直後、なにかがティナーシェの背中に触れた。
手のひらとも指の感触とも違う。もっとやわらかいものだ。
それは二度、三度とティナーシェの背中に押し当てられた。
どこか既視感を覚えるそれは、カーティスの唇だ。
「な、なにしてるんですかっ、背中にキスするなんて」
「ありがたく思え。女性の背中に口づけたのは、君が初めてだ」
「そそそ、そういう問題では……っ」
ティナーシェはもう軽くパニック状態だ。
どうしていいのかわからない。
「祝福のキスだと思えばいい」
背後でクスクスと笑っているのが伝わってくる。
どうやらいつものカーティスに戻ったようだ。
ティナーシェはほっと胸を撫でおろした。
好きな人にはいつも笑顔でいてほしい。
「適当なこと言わないでください」
「そうでもない。君の傷が早く治るよう念を込めた」
言葉とともに上着を肩にかけられ、ティナーシェは胸がキュンと疼いた。
(ずるいです、カーティスさま。そんなふうに言われたらもう反論できません)
いけないと思いつつも、ティナーシェはさらにカーティスを好きになってしまう自分に気づいていた。
ティナーシェが自力で歩けるようなってから二日後、彼女はふたたびブレイユ国に戻ることになる。