謁見3

各話表紙 偽りの公爵令嬢は~

 精一杯の作り笑顔を浮かべ、小さな口を開き苺と同じくらいの大きさの赤い実を口に招き入れた。

 自分が差し出したものを受け入れてくれたことにほっとしたのか、カーティスの表情が和らぐ。

 ずっと一国の王としての空気を纏っていた彼の、青年らしい一面がほんの一瞬垣間見えた気がした。

 しかし、そう思ったのも束の間。

 ミルベリーを咀嚼しはじめたティナーシェの顔が控えめに歪む。

(す……っぱい! 数年ぶりに食べたけど、やっぱりこの酸っぱさは強烈だわ!)

 そう、ティナーシェはミルベリーの酸味がものすごく苦手なのだ。

 それでも王の手前吐き出すわけにもいかず、必死にミルベリーを咀嚼し飲み込んでいく。

 あまりの酸っぱさに無言になったティナーシェの眦(まなじり)にうっすらと涙がにじんだ。

 それでも必死にミルベリーを食べ終えると、ティナーシェは王であるカーティスに向けて微笑んでみせた。

「美味しかったです」
「本当に? 涙がにじんでいるようだが」
「いえっ、あの、これは気管支に入りかけただけです」
「ならもう一つ」
「いえ、もうお腹いっぱいで! これ以上は結構ですっ」

 自分にとって死ぬほど酸っぱいミルベリーを、二度は食べたくないティナーシェは慌てて否定した。

 やや失礼かと思ったが背に腹は代えられない。

「それは残念だ。そなたとなら旨い酒が飲めると思ったのだが」

 実はミルベリーは強い酸味を誇る果実であるが、不思議とあらゆる酒に合う最高のつまみのひとつでもある。

 酒飲みの間では定番のフルーツというわけだ。

「申し訳ありません、陛下。わたしはお酒はあまり得意ではないのです」
「ティナーシェ、そなたは素直すぎるな。嘘でもはいと言っておけば引く手あまただろうに」

 美丈夫な王は楽しそうにくすくすと笑みを漏らす。

「そうでしょうか……そのような機会に恵まれてこなかったので……」

 無性に恥ずかしくなり、ティナーシェはグラスの葡萄酒をすべて飲み干した。燃えるように熱い頬をどうやって冷ませばいいのかもわからない。

 いつも王女の身の回りの世話をするので精一杯で、酒を嗜むことはなかったのだ。

 晩餐の席でも空になったグラスを酒で満たすことが自分の役割であったし、異性と酒を呑むことなどなかった。

 自分が酒に酔ってしまえば給仕をする者がいなくなるのだ。

(顔は熱いし、喉は乾くし、わたしなんだか変だわ……)

 空のグラスに再び葡萄酒が満たされると、喉の乾きを潤そうとティナーシェはグラスを口に近づけた。

 しかし、いざ飲もうとしたとき、横からひょいとグラスを取り上げられた。

「あ、の……?」

 わけが分からずきょとんとしてグラスを目で追うと、カーティスが苦笑していた。

「弱いのに飲みすぎだ」
「ですが、喉が乾いて堪らなくて……」
「今、水を持ってこさせる。それまでこれを食べておくといい」

 カーティスは水分をたっぷりと含んだ果物であるリッカを差し出した。

 八等分に切り分けられたうちの二つを小皿に取り分けてくれていた。

「申し訳ありません! 陛下にこんな気遣いを……」

 リッカを載せた小皿を受け取ろうとした瞬間、ティナーシェの体からすとんと力が抜ける。

「え?」

 力が抜けたことに驚く暇もなく視界がぐるぐると回り、ティナーシェはそのまま崩れ落ちてしまった。

 そんな彼女に動じることなく、ザールワースの若き王は抱きとめた。

 しかし、次の瞬間、彼は思い切り噴き出した。

(……誰か、笑ってる? それにこの感触は――)

 薄れゆく意識の中で、ティナーシェは楽しそうな笑い声とあたたかな温もりを感じていた。

 

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偽りの公爵令嬢は~
~桜猫*日和~