★2/15:雑記更新 ・「嘘つき聖女候補~」と「座学の女王さま~」をメインに更新中。

出発2

各話表紙

 その日から何度もティナーシェは人殺しには加担できない、そんな計画は中止するようにと懇願したが、王女にまったく取り合ってもらえず今日を迎えてしまった。

(これがただの留学だったらどんなによかったか……)

「ティナーシェ!」
「きゃっ!?」

 気づけば鼻先がくっつきそうなほどの距離にミアの顔があり、ティナーシェは目を丸くした。

「もう、さっきからずっと呼んでるのに気づかないなんて。そんなに留学が楽しみなの? 帰ってくるときはお土産いっぱい買ってきてよね?」

「ふにゃっ」

 茶目っ気たっぷりな笑みとともに、鼻頭を指で摘まれてしまった。

 思わず間抜けな声がティナーシェの口から漏れた。

 その反動で、ポニーテイルにしてさらに二つに分けて結んだ色素の薄い水色の髪がわずかに揺れた。

 左右に分かれた毛先から三分の一辺りで透明な丸いビーズのようなもので髪を留めている。

 たれ耳ウサギのように見えるかもしれない。

「さっき馬車の準備ができたって連絡がきたわ。気をつけてね、ティナーシェ」

 鼻から指を離したミアが、やさしくティナーシェを抱きしめる。

 だからティナーシェも同様にミアを抱きしめた。

 純粋な思いやりと伝わる温もりに、ティナーシェは瞳を潤ませる。

(ばかね、わたし。二度と会えないわけじゃないのに……涙もろいにもほどがあるわ)

「ありがとう。できるだけのことをやってくるわ。あなたの仕事を増やして申し訳ない気持ちでいっぱいだけど、ラーダの世話を引き受けてくれて本当に感謝しているわ。あなたになら安心して任せられる……」

「ふふ、大船に乗った気持ちでいてよ。このミアさんがお世話するからには不自由はさせませんって!」

「そうだよ、おねえちゃん。ぼくもミアのことだいすきだし、たくさんあそんできてね!」

 この八歳の弟は留学のことを他の国に遊びに行くことだと理解しているようだった。

「もう、ラーダったら。おねえちゃんは仕事でいくのよ。わたしがいない間、ミアを困らせてはだめよ?」

 幼い弟に心配させまいと、ティナーシェは無理に笑顔を作り、その小さな額にそっと口づけた。

 愛すべきたった一人の家族であるラーダに親愛の気持ちを込めて。

「はーい!」

 くすぐったそうに返事をして、ラーダは笑った。

「それじゃあ、いってきます」

 ラーダの笑顔を胸に刻み込むように見つめたあと、出発の言葉とともにティナーシェは部屋をあとにした。

 外に出るとすでに馬車が止まっていた。とても庶民が乗れるような馬車ではない。

 貴族でも上級の者が使うような高級で大きい馬車だ。

 事前に王女から支給された外出用のドレスを着ていなければ、場にそぐわないことは一目瞭然だった。

(いつも支度を手伝うばかりで、実際にこんな上質なドレスなんて生まれて初めて着たわ……だけど、素直に喜ぶことなんてできるわけがない……)

 なにしろ自分は留学に行くのではない。

 隣国に赴き、行儀見習いとして城に入るが、真の目的は王を殺すことなのだ。

(よく知りもしない、なんの恨みもない人を手にかけるなんて……――できないなんて言ってられない状況だけど、なんとかならないのかしら?)

 馬車が走り出し、やがて蹄鉄が地を蹴る音がリズミカルに聞こえはじめた。

 今しがた別れたばかりの弟の顔が脳裏を掠め、ティナーシェは上半身ごと反射的に振り返る。

 すでに家は見えず、街並みが窓の外を流れていくばかりだ。

(いくらミアがついていてくれても、不安は拭えない。王女が一言命じれば……ラーダは簡単に殺されてしまう)

「……どうして、こんなことに……――っ」

 耐えきれない重圧に、ティナーシェの澄んだ瞳から大粒の涙がぽろぽろとこぼれ落ちる。

 家族四人で慎ましくも幸せな家庭で育ってきたのだ。

 両親を二年前に事故で亡くしてからも、やさぐれることもなく弟のラーダを養いながら侍女として城に仕え穏やかに生活してきた。

 これといった贅沢もせず、他人に親切にし、日々の仕事を精一杯やり続けてきた。清く正しく生きてきたのだ。

 それなのに、なぜこのような事態に陥ってしまったのか。

 

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偽りの公爵令嬢は~
~桜猫*日和~